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ボーディングスクール留学 異文化のいい加減さ3

<先日のブログに続きます>
いい加減さの対局にあるのが正確さ、几帳面さ、約束遵守などですが、日本のもの作り、ホスピタリティー(サービスやおもてなし)、料理、食品全般は世界に誇れるすばらしい質(クオリティ)を備えていると思います。
これからの時代、グローバルという視点から考えると、私たちの国、日本の未来は目には見えない、生活や考え方のクオリティをどのように発信していくかということが、とても重要であると私は思います。
英語圏の人たちの「いい加減さ」ということを知りつつも、まだまだ私たちはそれに合わせようとたいへん努力しています。しかし、私たちの努力とは裏腹に、相手側は日本の良いところなどには、無関心そのものであり、日本と他のアジアの国がどれほどその文化が違うかなど、一般にはあまり興味もないと思います。
私たちは、「視点」を変えて、どうしたら日本が誇れる考え方を外に伝えられるかを考えてもいいと思います。もの作りで世界の頂点に立ち、ものを世界に売って半世紀ほどの間にどん底から世界に例を見ないような富める国になった日本ですが、その栄華も瞬く間にピークを過ぎてしまいました。韓国の猛追に電化製品の世界に占めるシェア―は、下降の一途をたどっています。明らかに、材料を仕入れ、それを加工して、輸出するという国単位のビジネスモデルはすでに通用しないのではないかと思います。
問題なのは、これだけ、ビジネス環境が激変しているのに、日本国内の人材採用や組織運営のあり方の基準がバブル崩壊以前とあまり変わっていないことです。
日本を除くアジアの人々は、躊躇なく最終学歴を自国以外の国に求めます。リベラルアーツ系の大学で四年間を過ごし、その努力を結実させるかたちで、アイビーリーグ系の大学、著名な総合大学などで大学院生として実践的な勉強を完結するわけです。
このような学歴を持ってしても、果たして今後のグローバルな社会で通用するかどうかはわかりません。彼らはそれを理解しています。だからこそ、社会に出てからも、「(運が)ついている自分」になるために、相当な努力と勉強をおこたりません。
一方で、日本の国内にとどまり、東大を頂点とした学歴に価値観を置き、幼少時から、徹底した暗記的学習を繰り返して、ゴールに到達することが、グローバル社会に通用するかどうかです。
それをかたくなに続ける、またそれがよいと思っている人がメジャーを占める日本の教育システムは、これからもそうあり続けるでしょう。少なくとも、数年でグローバル対応型に移動することは不可能です。
英語圏のいい加減さを敏感に感じることができる日本人の文化はこれからのクオリティ生活、社会の基準となり得るものと思います。問題は、受動的な異文化受け入れとその追従を、どのようにして能動的発信と行動に切り替えていくかにあると思います。

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