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これからの日本の教育 - 1英語教育に求められているもの

連休中日の幹線道路、普段であれば都心から観光地に向かう車で
混雑している道路が閑散としていました。
正月のように走っている車は少なく、ガソリンスタンドはどこも開いていません。
お彼岸の法要と重なった父の7回忌での方丈さんのお話は、
このたびの災害で多くの人が苦しい生活を強いられている現実に、
皆さんからいただいた浄財を震災で被害にあわれた人に
寄付をするというものでした。
助け合い、支えあうという人のすなおな気持ちが
少しづつかたちになっていると思います。
町内の回覧板でも各世帯に緊急募金の知らせがありました。
私たち一人ひとりの気持ちが具体的に被災した人たちに
届けばよいと思っています。
さて今日のテーマですが、
私は自分の考える基礎教育について、このブログで言及してきました。
知識を習得する技術や方法を学ぶ、その土台として意欲や好奇心を喚起するために
どうしたらよいかという自分の考えを述べてきました。
それを行なう主体は家族や学ぶ本人にあるわけですが、
教える側という視点からも考えてみたいと思います。
ある高校にニュージーランドから来た先生と一緒に訪問したときのことです。
予期せぬビジターに一番驚いたのはそのクラスの英語の先生のようでした。
今日の授業のシナリオにない海外からの訪問者に、先生は授業を中断して、
私たち訪問者に授業を預けてくれました。
ニュージーランド先生は、当然自国の教育を誇り、語ったわけですが、
生徒との質疑応答や双方のコメントなど、15分程度でしたが、
即席のニュージーランドESLクラスがそこにあり、
本来の英語クラスはありませんでした。
クラスのリーダーがスイッチされたからです。
戦後の教育で一貫して英語は重んじられてきました。
小学校から英語学習が導入されるなど、これからも
ますます英語は重視されると思います。
問題は重視をする人たちが受ける人たちのことを
どれだけ考えられるかということにあると思います。
先ほどのある日本の英語クラスの光景のなかで、
私がひとつだけ疑問に思ったのは、訪問者が来たとたんに
日本の先生が引いてしまったことです。
日本の教育は教える側と教えられる側が明確で、
教える側には恒に正解が求められていると私は思います。
正解を合理的に導き、それを教えられる側に伝えることが
有能な教師であるという固定概念があるのではないかと思います。
しかし、教えられる側が期待しているのは果たして
正解なのだろうかと私は思います。
なぜならば、正解は教室で教わらなくても現代では得られるからです。
英語に関して言えば、英語教育ということと、受験英語の正解が
混在していて、教えられる側にとって、英語があまり魅力のない、
無味乾燥でつまらないものになっていないかということを
私は感じています。
英語がこれからの社会で必要だから、教育の場においても、
初等教育からその導入を考えようという理屈はわかります。
だから、どうしたら必要な英語を身につけることができるかを
考えるところまできて既存のシステムと鉢合わせしているような気がします。
つづく

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