留学コンシェルジュ

英語学習について 2 教える側の心理

<前日のブログに続きます>
日本の問題集に沿って英語を教えていると、私自身が徐々に知識偏重に傾いてしまいそうになります。私は日本の受験とアメリカ留学の両方を経験していますが、古い記憶のなかに「受験」の目標達成ということが、刷り込まれているようで、使える英語という大局が疎かになりがちになってしまうのです。
「こんなこともしらないのか!」と思っている自分を制します。なぜならば、実際の英語場面ではそれほど重要とは言えないことを、自らの体験で知っているからです。
ボーディングスクールの受験プロセスやその次の大学のそれをアメリカで考えた場合、たとえばインタビューの時に担当者は、留学生の英語力について三単現のSが抜けていたから、a、anの区別がついていなかったからという理由で本人の合否を判断するでしょうか。
より高度な英語知識として仮定法の使い方が間違っている、時制がなってない、関係詞による文章が作れないといったことで、本人の資質を断定するでしょうか。
英語力については、難解で現実的でない知識を問うよりも、単純にTOEFLの点数で判断したらいいと思います。TOEFLは英語圏の大学で留学生がしっかりやれるかどうかを判断するにはとても「実用的」な試験です。
日本の受験を体験してしまうと、知識量を増やすということに自然と意識が集中してしまうように思います。そして、ドリル、練習問題を繰り返して集中的にこなすことで、点数が上がっていくということに、快感を覚え、それがいつのまにかゴールに設定されてしまうのです。
ボーディングスクールでの勉強を体験した生徒のすべてが、「自分の意見がないとだめ」ということを痛烈に感じるのは、彼らが留学するまで「自分の意見は不要」ということを示唆していると思います。なぜかは明白です。日本の受験においては、知識がしっかりと問われても、意見は問われないからです。
いくら日本の受験が改革されても、システムが見直されても、その根本にある知識量の競争という概念が変わらなければ、結局は受験競争の空しさから受験生を開放することは出来ません。
私のブログを毎日読んでいただいている皆さんには繰り返しになり恐縮ですが、私が留学を良いと信じ、更には中等教育時代の留学にあえて焦点を当ててコンサルティングを行っているのは、知識の量ではなくて、「君はどう思うか」、「君はどうしたいのか」を問い続けるボーディングスクールの教育が、日本の若者の教育という価値観にコペルニクス的転回を起こすだけのインパクトを持っているからなのです。

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