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休日コラム - 体罰ni

大阪にある私立高校のバスケットボールクラブの主将が体罰により自殺するという悲しい事件が起きてしまいました。これから学校における体罰が厳しく規制されることになると思います。体罰の背景にあるものを考えてみたいと思います。
私的な経験で恐縮ですが、剣道とテニスを愛する私は、私は中学校から大学までスポーツクラブに所属したことがありません。正直なところ、体罰やしごきといったスポーツ以外の状況が厭で、興味をもつことができなかったのだと思います。たとえ担当の先生が体罰を否定しても、先輩からの体罰やしごきなどが当たり前なのが学校スポーツクラブの現実であったように思います。
私が中学一年生のころから、おおよそ半世紀が経とうとしています。この長い年月の間に、学校スポーツの世界は変わったのでしょうか。体罰やしごきについては、物理的な規制も加わり変わりつつあると思います。しかし、今回の事件で考えなければいけないのは、体罰そのものよりも、生徒一人ひとり、スポーツ参加者に対する管理者の考え方や理念であると思うのです。
スポーツは教育に欠かせない重要な要素です。健全なる精神を維持するためにも健全な体であることは、欠かせません。さらには、自分の持っている体力やその特性を発見して、活かすためにもスポーツは有効なツールです。チームで行うスポーツは勝って、勝利を皆で共有したたえ、負けてもめげることなく、次を目指してこころを励まし、ネバーギブアップの精神を育てることが、人生をより豊かにすることにとても貢献すると思います。
スポーツはそれに参加する人々のためにあると思います。決して学校や団体の名誉のために行うものではありません。参加者一人ひとりがゴールを目指して、日々切磋琢磨する、その気持ちのまとめ役がコーチや監督であり、有能な指導者はどうしたら個人の技量とエネルギーをゴールに向けて引き出せるかを知っています。
ボーディングスクールにおけるスポーツ活動に体罰は一切ありません。半世紀前は体罰やしごきもあったと思います。しかし、社会が変化するにつれて、ボーディングスクールでのスポーツ教育も変化していきました。そして、個人の力を最大限に引き出す方法を彼らなりに工夫し、思考錯誤し、そして実践しています。
スポーツは人生のなかでとても重要な要素を含んでいますが、スポーツそのものが人生である人は極めて少ない。それゆえに、生徒一人ひとりがスポーツから学べるようにチームスポーツが考案されなければいけません。日本では、スポーツは個人のためでなく、学校や団体のために行い、参加者はそのツールとなり、それを管理する人間は学校や団体のために、生徒を駒として使うことが、体罰やしごきの原点にあると私は思います。
社会、教育、スポーツともにより個人を見つめ、考える時代です。そのための体罰やしごきはあるべきではないと思います。

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