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★ボーティングスクール留学 多様性とグローバル化―2

<先週土曜日のブログに続きます>
これからの個性のある中等教育の学校づくりを考える場合、学校の個性がどのように大学進学に反映するかを、作る側は考えると思います。しかし、どうしたらいい大学(偏差値の高い大学)に生徒を合格させるかということが最優先されるならば、多様性も個性もみな第一の優先順位にはなりません。むしろ、そのような要素は、あまり必要ではなく、従来通り、理科系、文科系に分けて、高校2年生くらいから大学受験に特化した学習カリキュラムを組んで、徹底してそれに取り組んだほうが、合理的であり成果も期待できます。
問題は、中等教育がいつのまにか、いい高等教育機関に行くための試験に備える場所に変わっていることです。だから、試験に出ることはやるけれども、試験にでないことはやらない。では、その試験で果たして、次の段階に進む学術的準備は完全なのでしょうか。教育である以上、完全ということはありません。また、初等、中等、高等教育ともに、それぞれに知育(学術面、情操面)、徳育、体育
の分野で教えるべきことは確立しているはずです。
しかし、「大学受験がある限り、どんな理屈を言っても、それに受からなければ意味がない」ということが言われて半世紀以上が経っています。
それでは、試験を変えようということで、センター試験という結果になっています。これは、アメリカで行われているSATを手本としたと言われていますが、私は、お手本の意図に忠実にできているとは思いません。SATが基本的には数学と英語の基礎を問う試験であるのに対して、センター試験がそのように作られてはいないからです。その根拠に対する議論や研究よりも、日本の中等教育がこれからどのようにして、多様性やグローバル化に向かうかということを考えるほうが、私は重要であると思っています。
多様性を受け入れることもグローバル化に対応した教育もすべては生徒がこれからの社会を生きていくために必要なことです。いい大学にどれだけの生徒が合格できるかということのために、多様性が重んじられグローバル化社会への対応がカリキュラムに組み入れられるというのであれば、生徒にとってその内容は魅力的でなくなってしまう可能性が高い。
彼らは直観的、本能的におとなの意図を理解します。故に、試験に受かるというために、彼らに押しつけられる教育は彼らの望むところではありません。
大学受験に受かっても、これからどんな社会になるのか、その実像が見えないことをもっとも切実に認識しているのは、受験生をはじめとする若い世代かもしれません。
生徒一人ひとりが例外なく、これからグローバル化された社会に出ていく中で、今、彼らに求められているのは、多様性を受け入れる考え方と、コミュニケーション能力、そして、個々の特別な知識、能力であることは間違えありません。旧価値観のミスをしない、言われたことをこなすだけの人は、これからの会社で必要とされなくなっています。では、それに対応するために、いい大学に行くのでしょうか。私は、それでは遅すぎると思います。
つづく

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