留学コンシェルジュ

続英語圏のいい加減さについて

先日のブログに続きます。
こちらからの発信にまったく反応のなかった相手から、
今朝メール返信がありました。
内容は、本人の出迎えを手配しなかったことの詫びと
冬季休みの送迎手配の確認、さらにはその送迎費用を無料にする
という内容でした。
不思議ともいえるこの返信のタイミングに、私は驚きました。
出迎えが来なくて、生徒は3時間も空港で待たされました。
幸いに、その生徒は携帯を持っていて、到着が昼頃だったので、
担当者は彼の電話連絡を受けて、学校から空港まで向かわせたようです。
このトラブルを通して、私は「先日のいい加減さの解決策」が見えたと
言いたいところですが、実際は「それみろ」と相手を批判する気持に
しばらくの間、自分が支配されていたようです。
「私が待たされた本人だったらどうだろう」、
「もし、本人の親だったらどんなに不安だろうか」など考えると、
やはり、学校に対して「いい加減にしろ」と言いたくなります。
しかし、留学とは、異文化を学ぶことにあると思います。
学ぶことと「怒る」ことはどう考えても相性がよくありません。
自分の意識を変えようと思います。相手に楽観的に期待せず、
また、日本的スタンダードで考えず、ちょっとでも自分が不安に
感じること、また疑問に思うことは、
相手がどう思おうがすなおに意志を貫くべきだと思いました。
今回は「3回も連絡したから大丈夫だろう」と思う自分がありました。
これが、今回のトラブルを生んだもとでした。
問題は回数ではなくて、相手の確認を得たかどうかでした。
そしてなによりも、自分の意識を変えることの本質は、
怒らないことだと思いました。
いい加減だとこちらは分かっているわけですから、その都度、
相手の返信を促せば良いわけです。ともすると、返信待ちは、
「なぜ、こんなことに時間がかかるんだ」とか、「このいい加減さは
我慢ならない」という怒り的感情に支配されるために、ネガティブ思考に
費やす時間とその精神的労力に自分が「消耗」されてしまいます。
本来は単純な「確認作業」であるものが、いつのまにか、
自己中心的な批判になってしまいます。
故に、問題の本質を私は見失ってしまったと思います。
坂本竜馬は、人との「議論」を避けたそうですが、
その理由は、相手を論破することが、何も生み出さないばかりか、
相手を傷つけこそすれ、成果は自己満足だけだということのようです。
「いい加減」からも学ぶこともあると思います。
そして、何より私は生徒たちに「学び」の大切さや、素晴らしさを
日々語っています。こだわりと既成概念をすてなければ、
異文化で生きる力は発揮できないと思っています。
これからも、子どもたちと一緒に素直になり学んでゆきたいと思います。
そして、異文化におけるいい加減を、日本の風呂や燗における、
いい「加減」と同様に考えられるようにしたく思います。

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