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留学物語-父は東大ぼくはニュージーランドその14 進学先

(その13 7月16日掲載)
ホテルマン、ぼくはこの職業にあこがれた。何故なのだろうか。ホテルマンは接客業が基本だ。人に満足を与えるのが彼らの使命で、そのために彼らは考える。そして、その場で最適な答えを出す。あの笑顔と身のこなし、言葉使い、相手を瞬時で見抜く機転とユーモア・・・。小さい頃から自分の生活環境が変化してきたぼくにとって、自然と身についた人への関心とこだわりがホテルマンにあこがれた原点だったのかもしれない。
日本では社会に出るまでに遠回りができないという。新卒と呼ばれる時期を逃すと、ハンディになるそうだ。そして、職業を決めるのもその仕事が好きか嫌いかということよりも、経済的に安定しているかどうかなのだという。その安定を得るために、みな学歴というラベルを獲得することに余念がない。大人たちはしきりにラベルが問題ではないと言う。そして、学問は社会ではほとんど役に立たないと言う。でも、ぼくの経験ではそのように言っている大人の子どもたちは好きでも、なんでもない経済学や法学、時としては医学などを大学で学んでいる。何のために勉強するのかという質問を大人たちは、その学生たちになぜしないのだろうか。
ニュージーランドの進学指導は日本の高校の現状を知れば知るほど、痛快なほどに大雑把であり、個人的だ。偏差値データといったものはない。大学入試に精通する予備校や塾といったプロフェショナル集団はない。まず、進路の先生から、「君は何をしたいのか」と聞かれる。「とりあえず大学に入って考えます」とニュージーランドの生徒たちは答えない。進学率が50%あるかないかのこの国では、選ぶ職業の厚みと質が日本とは比較にならない。農業と観光の国といえると思う。
ぼくは「何がしたいか」という質問に「ホテルマンになりたい」と答えた。すると、その話を聞いた留学生担当の先生の秘書が、自分はスイスのホテル学校に知り合いがいるからということで、そのホテル学校に電話をして入学に関する情報を入手してくれた。ぼくがスイスの専門学校に行くことに反対した人は留学先では誰もいなかった。
ぼくの留学した高校は、ヘレン・クラーク元首相を、学内の設備と生徒たちでフルコースの食事で接待したことがプライドであり、ホスピタリティー教育には大変力を入れていた。そんな学校が、スイスでホテル学を学ぶことに反対などするわけがない。日本にいる父もぼくを支える立場を示してくれていた。本当は東大出で、ゼネコンでバリバリ仕事をし、ランドマークとなるようなビルを複数の国で手がけた父だから、ホテルマンには反対すると思った。しかし、それはぼくの杞憂だった。学歴や安定をもとめて、納得できない仕事をやることの辛さを父は自分の属している組織から感じ取っていたに違いなかった。
ぼくの進学手続きは最後の段階まで周囲の協力を得てスムーズに進んだ。ところが、最後の瞬間にぼくは日本に帰りたいと思った。理由ははっきりしない。いろいろなことが頭に浮んだ。海外を転々とした小・中学校時代、どうしても合わなかった日本の高校、そしてニュージーランドで自分を取り戻し、ぼくは自立の道を歩み始めた。家族という求心力なのだろうか。一人で暮らすのであれば、経済的自立も必須と考えたのか。日本がいやで飛び出したぼくにとっては180°の方向転換だった。そしてぼくは急遽、日本の大学受験準備をスタートした。
(つづく)

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