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小学・中学留学 - これからの教育2:好奇心と真の知

先日のブログのテーマ、創造力と童心の原点に好奇心があると私は述べました。
現代の大学入試を目的とする教育の中で、好奇心や童心という「個人」の特性を
育成することの大変さは教育にかかわる人たちは十分に理解されていると思います。
その背景に戦後日本の復興と価値観の転換があることは、
今までのブログで複数回ご紹介しましたが、それを整理してみると、
戦後の混沌期→モーレツ復興期→成長期→絶頂期→下降期→転換期→新価値観
というように経済社会は移行してきたと私は感じています。
戦後の混沌から成長期の中で、学ぶことの意義と社会のあり方について、
揺れにゆれた大学教育、そのあおりを受けた高等学校教育での
何のための大学受験かという疑問。
しかし中学校以下の個の確立していない生徒たちが、
学ぶことの意義や大切さなどを、社会に問うことはなかったと、
私は考えていました。
表面化した不登校や学校での生徒たちのふるまいが、
高校よりも中学校以下で問題となったのが
90年代の教育の特徴として、挙げられはしないでしょうか。
学校崩壊、クラス崩壊、家庭内暴力、校内暴力などの言葉に
象徴される現場は、高校ではなくて小学校、中学校であったと思います。
社会の混沌が50年代、大学、一部高校の混沌が60年代から高校70年代、
そして、80年代から社会が豊かになればなるほど、大学や高校を飛び越して、
中学生を中心として、小学生までもが前述の社会現象の主役となりました。
私はその問題の背景にあるのは子供たちなりの生きる「価値観」にあると
思えてくるのです。
幼少時から徹底的に学習力をつけるためにしごかれて、
素直に「なぜ勉強するの」、「勉強がおもしろくない」、「勉強は嫌だ」
などと言えば、学習オーソリティーからは異端児扱いされ、
自然とメジャーな流れからはずされざるを得ないのが、
私の仮説的一部の子どもたちの実態分析です。
彼らのほとんどは、IQ能力的には100を超えており、
学習に基本的な問題ありません。
ただ、既成の価値観への疑問や不協調が時として、やんごとない悲劇を
おこすのではないでしょうか。
私をしてそのように思わしめるのは、
悩める彼らとの留学カウンセリングでの私の実体験にあります。
自分を見つめ、自分と既存の価値観との対立に
彼らの多くが孤立し耐えようとしています。
論理がうまく表現できない分、朴訥な表現、ともすれば彼らの言動と行動は
あまりにストレートであり、オーソリティーやグループに受け入れ
られるものではありません。
そんな子どもたちの内なる叫びを時として聞くにつけ、
私は少なくとも彼らに「学びと知ること」のチャンスを
日本を含めた世界で提供したく思います。

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