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♯3 アメリカボーディングスクールと大学での教育

<先週木曜日のブログに続きます>
中学、高校が大学の予備校ではなく、そこで成しうる教育とは、将にリベラルアーツの実践ではないかと思います。そのためには、画一的、教科書的な知識蓄積型の教育ではなく、あくまでも自己を追求するための教育の実践が必要となります。
それを実践するためには、人と関わらなければなりません。
自分の考えやものの見方がどれだけ人との関わりにおいて尊重されるか、彼らにとって有益で同じ目的に向かって進めるかなどを、考えなければ授業そのものが成り立ちません。
先生も熱心に生徒に考えさせるための授業を考えます。国語や社会はそのためのとても豊かな素材を提供してくれます。文学や歴史は、若者にとって自分の未来を「社会」を通じて考えさせ、感じさせ、そして伸ばしてくれるありとあらゆる要素が揃っているといえるのではないでしょうか。
生徒同士のディスカッションが過熱すればするほど、彼らは考えさせられるでしょう。そして、先生は次の授業への的確な予告を生徒たちにあたえ実行させることでしょう。白熱すればするほど、生徒の導き方にも熱がはいるというものです。
人は本来、自分を認めてもらいたいと願うようにできていると思います。
私はボーディングスクールと関われば関わるほど、その念を強くしています。そして、学習することは、決して苦痛でも我慢でもなく、本来の自己の追求に則していることと思えるようになってきました。
学ぶということを「暗記」に置き換えるのではなく、「テスト」で試されることに恐々とするのではなく、未知へのチャレンジや好奇心の追求ということに導ければ、おのずと暗記にも取り組めるというのがボーディングスクール式教育のように思えます。
「暗記」教育が面白くないことを、ボーディングスクールの先生は良く知っています。それゆえに、それを生徒に強要しないのです。その代りに、彼らがそれに取り組めるような状況をうまく作るのではないかと私は思うようになりました。
つづく

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