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小・中・高校留学-精神の野生

前日のブログで「教育の視野」というテーマで中等教育にあっても、
これから求められている人材を中心に考えることを私は提案しました。
もちろん、日本はもとより各国の教育理念でも、
そのことは明確に取り上げられています。
問題は視野の広い教育、すなわち将来の自分をイメージできる教育が、
実際はどこでどのようにして行われるかを考え、実行することであると思います。
「文化に優劣はない」というのは、私の信条ですが、
教育にも優劣はないのかもしれません。
最近行われた、南アフリカでのサッカーワールドカップで地元の
子どもたちが英語インタビューに英語で答えていました。
「必然」という状況が、彼らに英語を習得させていると私は感じました。
彼らの精神に「野生」のたくましさを感じました。
社会が発達すればするほど、人の精神から野生が消えて行きます。
そして、洗練された社会的な精神がそれにとってかわります。
しかし、精神が洗練されればされるほど、その奥に閉じ込められた人間本来の野生が
活発に動きだすとは言えないでしょうか。
精神の野生は自分が窮地に立った時に自分を守る手段として発揮される、
私はそれを多くの子どもたちに感じます。
異文化の孤立無援の状況下で、彼らは自己保存の欲求に素直に反応する。
私はそれを何度も精神の損得感情という視点で過去にブログを書きました。
そして、その時期は早ければ早いほど、周囲にうまく適応する手段を
自分の中で生み出すことになるということも書いてきました。
「危機感」という意識が、主体性に発揮され、問題解決を自分で行うことが、
当たり前にできるようになる。あるいは、そうすることを学ぶようになる。
野生の反対は保護ということなのかもしれません。
そして、現代は保護という大義名分のもと、私たちは野生を
発揮する前に、まず保護を求めて動くように社会から
プログラムされているとは言えないでしょうか。
精神の野生が発揮されるための条件として、
困難な状況という前提があると思います。
困難に陥った時に、それを乗り越えるために保護は禁物であるといえば、
今の社会に逆行すると批判を受けそうな気もします。
しかし、困難な状況のない人生はありえないと思いますし、
苦労せず、すんなりと過ごせる人生のために教育は存在しないと思います。
日本では「かわいい子には旅をさせろ」ということわざをもって、
昔から過保護をいましめる意識が一般化しています。
その旅を子どもたちが安定や保護の傘のなかでしなくなることが、
私には心配でなりません。

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