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留学と就職5 - 英語を話せる価値の本質

<前日のブログに続きます>
英語という言語が世界の共通語としてその地位を固めたのは、コンピュータの発達による情報革命が世界を席巻したころが起源のように私は思います。
余談ですが、七十年代、私が大学生のころに、エスペラント語という世界共通言語を開発しようという動きがありました。詳細について調べたわけではありませんが、国の枠をこえた世界統一言語という当時の考え方の背景にアメリカとソビエトの力関係、ヨーロッパ諸国の独立心といった立場が明確に表れていないでしょうか。結局、エスペラント語はお蔵入りになってしまったようです。そして、今、英語が話せれば、おおよそ世界の人々とコミュニケーションが可能なわけです。世界言語として、英語はさまざまなイングリッシュに変貌しつつも、便利な言語として世界で使われるようになっていると思います。
余談をおわります。
現在、日本の大学受験においては、英語力なくして難関校への合格は望めるものではありません。
受験生がほとんど例外なく勉強する科目は英語です。
さらに言えば、学んだことが十分に社会に出て生かされるのも英語です。経済学の原理や法律の概論などではありません。誰でも知っている自明のことにも関わらず、中等教育から継続して他のどの科目よりも時間数を多くとっている英語が使えていない現実にその受益者から不満の声が上がらないのが不思議なくらいですが、少し視点を変えて、パラダイムシフトをするだけで、英語は就職にとても役立つ生涯のツールになります。
必然の創造こそが、グローバル社会を納得して生きるための概念ではないでしょうか。
必然があるからこそ、企業の新入社員は短期間でも自分に必要な英語力を海外で身につけることができるのだと思います。大学時代にそれがなぜうまく結実しないのかは、昨日のブログで述べましたが、私はそれゆえに中等教育の持つ可能性にかけたいのです。
これからの時代、英語くらい話せなければと誰でも言います。
それを言う人は決まって英語が使えていない人ではないでしょうか。英語をすでに使っている人は、掛声をかける必要はありません。また、自分を鼓舞して英語に取り組ませることも必要ありません。自然に英語を吸収するためには、どうしてもしなやかなこころとからだが必要であると思います。英語を話せる、その価値の本質を私は好奇心や夢に置きたいと真剣に思っています。一度、既成概念を取っ払って、すなおなこころで新たな生活環境にチャレンジするようにすれば、言葉はかならず「自分」についてくるものです。
「企業命令の英語習得に好奇心も夢もあるか」という意見もあるかと思います。
確かに、企業命令は、社員にとって絶対です。夢や好奇心などの私的な問題ではありません。それゆえに、学ぶ必然は社員にとって受入れることになります。そうでなければ、会社を辞めるという選択のみが残されることになります。
(つづく)

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