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#4 Phillips Exeter元校長の日本公演

<前日のブログに続きます>
Exeter Academyの生徒の場合、SATやTOEFL対策を学校が生徒に対してしなくても彼らは、自らの日常ですでにそれらで高得点をあげられる実力を持っていることになります。
ここが日本とアメリカの大学入試の根本的な違いです。
日本の場合、試験の結果がすべてといっても過言ではありません。みな試験に向けて対策を考え、準備し、万全を期することになります。それが当然という認識が受ける側にも、受けさせる側にもあります。さらには、日本の社会全体にもあるので、「試験」のやり方を改革することがとても難しいのではないでしょうか。
日本の受験では、すべてが試験そのものに集約されているので、その内容が専門化したり、特殊化したりしてしまうこともあると思います。みなが高得点を取れるような試験だと、試験による合否の判定が難しくなるからです。このようにして、日本の受験システムにおける「試験」は受験者の個性や特性、好きなこと、やりたいことの表現などを反映できない、無機的な知識を問うものにならざるを得ないのではないでしょうか。
では、TOEFLを日本の受験で採用するというのはどうでしょうか。おそらく、それゆえに日本の受験生の英語力が実用的かつ、グローバル性も増すかと言うとそうではありません。
TOEFLでの高得点が目的となるような勉強方法が研究開発されます。しかし、TOEFLはあくまでも目的ではなく、英語力を計る手段です。それが目的化してしまうと、そのための勉強を生徒が「選ぶ」余地がありません。
好むと好まざるとにかかわらず耐えて勉強しなければならないという、受験生の立場は変わらないのです。
おそらく、Exeter Academyのもと校長、Hassan氏は日本の受験の現状は理解していないと思います。それ故に、日本の視聴者の人たちに向かって、誠実さ、協調性、思いやりの心の重要性がストレートにアピールできたのでしょう。
アメリカの受験であれば、受験者が自分の個性や特性を表現することは、試験とはまったく違う機会に与えられます。それがインタビューと志願者への質問肢として十分に表現されます。しかし、日本の受験においては、それを表現する機会はとても少ないように思います。すなわち、それよりも先に、暗記すべきことや理解すべきことが山ほどあり、実は人として大切な倫理的課題は、はるか遠くに追いやられてしまっているということです。
グローバル化の時代故に、複眼の発想ができると思います。日本の受験制度が緩慢に変化していくなかで、新たな価値観や創造性と言う意味では、日本以外の教育機関の選択も十分に可能であると思います。

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