留学コンシェルジュ

★ボーディングスクール留学 ― 卒業後の進路3

<先日のブログに続きます>
日本では、大学3年生のころから具体的な就職活動がスタートします。今回私がこのブログで紹介している生徒の場合、小学校での猛勉強→難関中等教育機関への入学→難関大学への入学→就職活動→安定した会社への就職という構図はまったく成り立ちません。まず、小学校での猛勉強、すなわち日本の安定生活のための基礎工事としての学習が小さい時から好きではありませんでした。したがって、そのラインに彼を何人も乗せることはできませんでした。
彼はその後に親の方針でインターナショナルスクールで小学校から教育を受けることになりますが、成績は芳しくはありません。では、Tutor(家庭教師)、あるいは補習授業で成績をカバーできたかというと、そのような方法があまり効果をあげたわけではなかったようです。しかし、幸いにもインターナショナルスクールであったために、芸術系の才能に対する評価はしっかりされていました。
そのような状況の中で、彼は7年生時から留学することになります。彼にしてみれば、若干12歳にして日本を離れることに不安があったと思います。お母さんもお父さんも海外留学、滞在経験があったからこそ、中学校からの留学を実行できたのかもしれません。
そこからの彼のボーディングスクール生活は平坦とは到底言えるものではありません。現在に至るまで彼は学校を2度変えています。初めはボーディングスクールからホームステイ+公立中学という異例の組み合わせです。1年後に現在のボーディングスクールに移るのですが、学校の選定をめぐって、私も彼にアドバイスを幾度かし、彼とお母さんとともにボーディングスクール訪問もしました。
年をおって、彼は精神的に強くなって行きました。理不尽な経験や納得のいかないこともたくさんあったと思います。そのなかから彼は、受け入れること、自分を見失わないこと、精神的なハングリーさを失わないこと、人には優しくあることなどを10代半ばで、親元を離れた現場で学習していきました。彼のぶれない2つの軸はこのような環境から生まれました。
もし、彼が日本の学校での進路選択を親がしていたら、まったく違った人生を送っているわけですが、少なくとも現在の彼を見る限り私はとても「かっこいい」と思います。髪の色形、身につけている服、言葉、生き方、一言でいうと無理がないのです。そして、お母さんに対する不満の言葉も私の前では以前よりもかなり減りました。
彼の写真はこれからどのように変化していくでしょう。新たな出会いや機会が彼を南カリフォルニアから他の場所にワープさせることもあるかもしれません。どこに行っても、何をやっても彼の2つの軸はぶれることなく、彼の一生の財産となるでしょう。そして、それを作ってくれた母校(アルママター)を彼は生涯大切にするに違いありません。

関連記事

関連キーワード

留学コンシェルジュ

TOP

株式会社毎日エデュケーション小学生・中学生・高校生専門の海外留学サポート イーコンシェルジュ〒100-0003 東京都千代田区一ツ橋1-1-1 パレスサイドビル1FTEL 03-6267-4189